こんにちは、ぴーすけ(@pskpsk1983)です。

退職時、友人知人の配偶者や子供に対する「態度」が…。

てな感じで、なんか「言い訳の道具」にしてる人がいらっしゃったワケでして。

しかも「独身だったら自分にもそれぐらいできるわ」というニュアンスで。

「え?妻子持ちはどれだけ苦しくても我慢し続けなきゃいけないの?」

って思わず聞き返しそうになりましたが、やめておきました。

てかその「家族」の前でその「理由」を堂々と言えるのでしょうか?

もちろん、誰かの気持ちを勝手に代弁するつもりはないですよ。

というのも、自分の「父」が似たような感じだったからなんです。

問題は10年前の父の状況でした。

とある大企業の支社立ち上げ時の現場メンバーだったぼくの父は、

長年の功績と実力からか「経営側」の人間に抜擢されたんですけどね。

頼まれたことは律儀に全部こなしてしまう父は、

ほんとみるみるうちにズタボロになっていったのです。

ぼくと妹2人はこのままじゃ間違いなく

「過労死」するね…と夜な夜な話し合いました。

その結果「バイクをプレゼントして仕事から気を逸らせよう!」って話になったのです。

ちなみにぼくはバイクが好きでずっと乗ってきたのですが…。

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ときおりオヤジがめっちゃ乗りたそうにしてたんですよ。

「乗ればいいじゃん」って言うと「オカンに反対されるから」って。

なんだかんだ愛妻家なオトンらしいなって思ってたんですけどね。

でもよくよく話を聞いていたら、長男であるぼくが産まれるまでは乗ってたそうでして。

「乗ってたんじゃん!」って追求したら「そんときに諦めた」みたいな返事。

過去にそんな感じのやり取りがあったのが、今回のアイディアの源泉でした。

さりげなく「乗るならどんなバイクが良い?」ってオヤジにリサーチしてみたところ…。

「ホンダ・ドリームCB750FOURの青に乗りたい」とのこと。

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というか「それしか乗りたくない」そうでして。

調べてみたらビンテージブームの到来でとんでもない値段してるじゃないですか。

なんか当時はいろんな意味で腹がたってたので、

ぼくは「(じゃあ買ってやんよ!)」と心の中で思って、

タバコ辞めたり、生活習慣を変えたりいろして資金捻出しました。

そんな感じで、妹2人とお金を合わせて買いましたよ。

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1971年製のCB750K1というモデルを。

(初代の1969年製であるK0はプレミア付き過ぎで手が出ませんでした…。)

でもそれは父が苦しそうにしてる姿に対する怒りだったのです。

今思い返せば、当時は「感謝」よりも「怒り」の気持ちのほうが大きかったなって。

「なんでそんなに楽しそうにしてないんだよ!」って。

「そんな辛そうに生きてたら、結婚も仕事もしたくなくなるじゃないか!」って。

「もうそろそろ子供のためじゃなくて、自分のために生きてくれ!」って。

ぼくと妹2人は怒りをぶつけたかったんですよ。

たまたまそれが「バイクをプレゼントする」という形になっただけなんですよね。

だから誤解を恐れずに言いますよ。

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「親は自分のために生きてくれたほうが(結果的に)子供のためになる」と。

そして「何かあった時に配偶者や子供のせいにしてほしくない」って。

そのプレゼントから10年近くたち、オヤジは定年退職を迎えました。

退職後も、まだまだこのバイクに乗るそうです。

ある時、オヤジから「助かったよ」ってボソっと言われましたが、

ぼくは「助けたかった」わけではないのです。

「好きなように生きてくれ!」って怒りをぶつけただけなんですよ。

だからオヤジは自分の好きなように生きてください。

ぼくも好きなように生きますので。

余談ですが、父は「本物」があるのに「模型」もGETして部屋に飾ってました(笑)

そして逆にぼくは脱サラと移住を機に自分のバイクを…。

財産の処分を進めていく上で、最後まで迷ったのが「バイク」という存在。

自分が「命の次に大事」みたいに思っていた(思い込もうとしていた)ものです。

その影響はすさまじく、「衣」「食」「住」のすべての決定権さえあったほど。

例えば、「衣」はバイカーブランドの「トロフィークロージング」しか着ない、とか。

例えば、「食」はアメリカっぽく「ハンバーガー」ばっかり食べる、とか。

例えば、「住」は絶対に「ガレージ」が無いとダメ、とか。

改めて言葉に書き出してみると、とんでもないレベルですね。

自分の人生を完全にバイクが決めていました。

それがまた最高に楽しかったんですよ。

でもふと思ったんです。変化したいなら今は手放すべきだと。

10代後半から約15年ほど、バイクと共に過ごしてきました。

まさに「自己を確立させるアイデンティティと呼ぶべきもの」です。

「今の自分を作り上げた」といっても過言ではありませんね。

でも「会社を辞めてまで、なんで自分は移住したいのか?」と考えた時に思ったんです。

「今までの自分じゃない自分になりたいから移住するんだ」よなぁと。

だからあまりに「存在が大きすぎた」バイクは手放さざるを得ませんでした。

こればっかりは、どうしようもなかったです。

バイクに対する愛情はツーリングビデオを自作するほどでした。

こんな感じで数え切れないほどツーリングを企画し、録画しました。

改めてご参加してくださった沢山の人に感謝を伝えたいです。

ありがとうございました。

大人気だった自作チョッパー製作ブログも閉鎖。

ぼくはこの雑記ブログを「2年前」に立ち上げたんですけどね。

それ以前はかなり長い間「バイクに特化したブログ」を書いていました。

数千記事のストックがあり、なかなかの検索流入があったのですが…。

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それらも全部やめ、材料は友人に全て引き取っていただきました。

旧ブログの読者様、ご愛読ありがとうございました。

サラリーマン時代の10年間にバイクで走ったのは約50000km。

週末ライダーとしては、まあそれなりの距離ですね。

そんでもって、この記事を書くにあたって10年間の記憶をたどってみたところ…。

思い出したのは結局「バイクではなかった」んですよ。

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もしそのとき自分が「バイクだけを思い出していた」なら手放さなかったでしょう。

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でもそうではありませんでした。

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ぼくが思い出したのは、旅先で出会った「景色」「人」だったということ。

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あ、今ならバイクに頼らなくてもなんとか生きていけそう。

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ふと、そう思ったんですよね。

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もう2度と乗らないかもしれませんが、素敵な思い出たちと共に生きていけそうです。

ぼくも元愛車の「模型」を飾っておこうかな…そんなことを思う今日このごろでした。

 

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