テキスト書き出し 001

こんにちは、今後は冷静かつ客観的に自分を見て戦っていかねばならないぴーすけです。

■はじめに

▼20代はこんな働き方をしていました

ぼくは2015年の7/2にトヨタ自動車の田原工場を退職したのですが、ふとした時に「よく10年間もあんな働き方してたな…。」と思ったんですよね。

参考:31歳独身男。朝起きてから眠るまでの、ぼくの働き方・過ごし方(人生ドロップアウトドア)

その時の記事を見直していたら、1年前とは違ったいまならわかることが3つほどあったので、1度まとめておきたいと思いました。何がわかったのかといいますと…。

それは「失ってしまったこと」です。

そう、ぼくにはもう2度と取り戻せないことがあるのですよ。

過去を振り返るという行為は、時に激しく心に痛みが生じますが…その大きな事実を客観的に、そしてしっかりと自分で受け止めるため、今回書き出してみました。

ということで、みなさんよかったら少しの間だけお付き合いくださいませ。

■ぼくが10年間のサラリーマン時代に失ってしまった3つのこと

①圧倒的な時間

▼職場まで往復2時間2500日=通勤だけで5000時間

今回、なんとなく計算してみたら、24時間計算でなんと10年間で約200日も通勤でクルマを運転していた計算になって、それはもうゾッとしました。

寝てる時間を引いて16時間計算をしたら10年で約300日。実時間的には1年ほど通勤だけに時間を使っていたことになります。10年のうち1年ですよ。恐ろしすぎますね…。

そりゃ、職住近接を徹底してる人たちに比べて自分はまったく結果出せてないワケです。

人生がうまくいってないと思っている場合、そんな感じで必ず原因があるんですよね。

ほんと、もう2度と通勤みたいな行為はしたくないです。

とりあえず、こんな感じで客観的に事実を書き出してみるという行為は、定期的にやっておくと今後の指標が描き出しやすいと思いましたよっと。

▼通勤時間以外にもたくさん時間を失った

とにかく、たくさんイベントありすぎだったんですよ。誰のためにもならない運動会や飲み会が年に何回もあったのが苦痛で仕方ありませんでした。

そして1番最悪だったのが、その公式イベント以外での「メシ奢ってやる」といった名目での「説教部屋」でしたね。

そういうことをしてきた上司や先輩とは絶縁し、最後の3年間は全ての飲み会を断り続けたのですが、それでもずっと「仲良しごっこ」で誘ってきたのは閉口しました…。

ただでさえ通勤時間と多残業で時間を浪費していたのに、なぜそんな「社内の常識だけが全ての狂った人たち」と他のプライベートな時間を過ごさないといけないのか?

ぼくは「怒られる内容」より「奪われていく時間」にストレスを感じてました。

ただ、隣の部署では会社員生活を最高にエンジョイしている同期もたくさんいましたし、会社側からはパワハラ防止のマニュアルとか配布されていたんですよね。

つまり、「ブラックな環境は会社ではなく勤めている人が作り出している」ワケでして。

そういった意味で、やっぱりいくら有名なホワイト企業でも、上司や先輩にブラックな人間がいたら「時間を奪われ続けて終わり」だと思います。

②自分で1から稼ごうという感覚

▼副業禁止による弊害

まず、断言しますが「副業禁止は社員を大切にしてない証拠」に他なりません。

そもそも株式会社は「株主」が1番大切なのですが、それでも副業禁止はあからさますぎる「会社側の都合」だとぼくは思うんですよ。

そして、社員たちは「飼い殺し」にされ稼ぐ力を得られず、「会社をクビになったら生きていけない」と肌で感じています。ぼく自身、ずっとその恐怖感とともに働いてました。

さらに、ぼくは実際に会社を辞めてみて思ったんですが、恐ろしいほど「1から自分で仕事を作る力がない」と感じたのですよね。

なぜなら会社員時代は「仕事は用意されているものだった」から、脱サラ&起業というフィールドに出た途端、何して良いのかわからず軽いパニック状態になってしまいました。

そんな感じでこの1年間、ずっと苦しかったのですが…最近ようやく、ギャラ交渉の感覚を少しずつ身につけてきてる実感がありまして。

会社員時代は友人価格という馴れ合いの温床だったのですが、逆にフリーランスは「いかに空気を読まずに自分の価値を提示することができるか」が非常に大切なのです。

きっとそこを理解しないと脱サラ&起業は成功しません。これほんとですよ。はい。

▼お金そのものじゃなく稼ぐ力に価値がある

なんというか、いまなら本当にわかるんですよ。当たり前の話ですが、あのときのぼくの年収は「会社の信用」であって「自分の信用」ではなかったんですよね。

冷静に見れば見るほど、そのお金を持っている自分に価値があるんじゃなくて、その会社に勤めていた自分に価値があった…それってめっちゃ「中身が空っぽ」だったなぁって。

お金を使わされているのか、お金を稼いでいるのか、そしてそのお金を使って何を成し遂げたいのか…常に考えてないと、ただの「消費者」として人生が終わってしまいます。

そう、ぼくは価値を生み出す「生産者」でいたいんですよ。これは忘れずにいます。

③20代という圧倒的な若さと感情

▼狭い世界の中で植え付けられてしまったトラウマ

20代という多感な時期に、大企業の会社員という無難な選択をして「小さくプライドを折る訓練」ができなかったのが今でも悔やまれます。

もちろん、職場内でたくさん失敗はしてたのですが、世界が狭すぎて「大きなミスだと勘違いしていた」のですよね。世間的に見たら大したことなかったのに、です。

その世界しか見えてなかった結果、折る必要が無かったのに、心が折れてしまいました。

だからいま、何をするにも腰が重いです。20代の頃に1度心が折れた事がトラウマになっていて、もう勢いだけでは行動できません。

やっぱり失ってしまったことで1番大きなことは「若さ」なんですよね。

▼多感な時期はもう過ぎ去ってしまったという事実

退職からしばらく、ぼくはずっと感情の起伏に乏しい状態だったのですが…3ヶ月ほど前からド田舎で過ごし始めて、日々移り変わる光景に心動かされる事が増えてきました。

こんなに世界は色鮮やかだったんだと、少しずつ思い出し始めることができています。

ただ、多感だったあの頃のような吸収は出来ていないとも感じているワケでして。

そういったイメージで、少しずつ衰えていく五感に対して敏感になりながら、今後の長い戦いに挑まねばならないのは「どうしようもない事実」なのですよね。

それらを踏まえた上で、必死に変わっていかねばならないと、ぼくは考えています。

■おわりに

▼世の中は絶対に変わるということ

繰り返しますが、ぼくはトヨタ自動車を昨年で辞めました。独断と偏見で「製造現場に将来性はない」と感じたからです。ま、現場以外は残るかもしれませんが…。

そもそも、自動運転車がクルマの形である必要はまったくないワケでして。

ホリエモンもどっかのインタビューかなんかで予言してましたが、今アナタが座っているその椅子が自動運転化されても良いんですよ。

極端な例えかもしれませんがその場合、ホイール、タイヤ、シート、バッテリー、モーター、パワートレイン、制御回路さえあればOKじゃないですか。現場は縮小必死

つまり、自動車製造メーカーそのものが無くなる可能性も十分にあるわけです。

組織から1歩外に出ただけで、それが理解できたし、世の中が物凄い勢いで変わっていることを肌に染みて感じていますね。

その感覚から言えば、1ヶ月先でも大きく変わっている予感で、1年後なんて別世界、10年後なんて別次元です。

ぼくは新しいもの好きで、変化が好きなので、できれば変化させる側にいたい!ので、これからもいろんなことにチャレンジしていく予定ですよっと。

もちろん進展あり次第コチラにてレポートしていきますので、よかったらみなさんこれからもチェックしてみてくださいね〜。ということで、今回は以上です。それでは、また!

 

著者のプロフィール的な記事たち

 

記事の内容に共感して頂けましたら、次の応援をヨロシクお願いします!

あ、ご意見ご感想はぜんぜん今すぐでも良いですので、気軽にFacebookTwitterにメッセージを送ってくださいね。お待ちしております。

(※頂いたご意見ご感想はブログに転載する可能性があります。何卒ご了承ください。)