テキスト書き出し 001

こんにちは、脱サラ&移住後は学校的価値観から確実に離れつつあるぴーすけです。

■1.みなさん夏休みに早朝ラジオ体操の皆勤賞とかありませんでしたか?

これらのツイートを拝見した時に脳内にフラッシュバックしてきた光景が「小学生の時の夏休み」でした。

スタンプの数に応じて特典があったので張り切って参加していた記憶があったですが、よくよく考えたら「夏“休み”だけどぜんぜん休んでなかった」んですよね。

そして大人たちから「偉い!よく頑張ったね〜。ご褒美だよ!」という感じでアイテムをGETしている幼い自分の姿を思い出しました。

でもそれって、乱暴に言い換えてしまえば「小学生の頃から休まない=偉いと刷りこまれていた」ということになるんじゃね?と感じたんですよ。

■2.会社員時代に(かなりムリをして)無遅刻無欠勤だったけど自滅した

というのも、ぼくはかなり「休むのが下手」な人間でした。

いや、ほんと「風邪引いたので休みます」という連絡がほとんどできなかったんですよ。

10年間で前日に申し出たのが数回あったぐらいで、当日に連絡したことは0なレベル。

38℃の熱ぐらいなら(死にそうになりながら)仕事ををしてましたね。

でも、そんなムリをしているのはぼくぐらいでした。

きっと、そんな姿を誰かに「偉い!」と言ってもらいたかったのでしょうね。

ま、実際のトコロは1人で勝手にムリをして、けっきょく心身ともに病んでその会社を辞めてしまうのだから、まったく偉くはなかったのですが。

その時の経験から「頑張ったら褒めてもらえるぞ!」みたいな、無意識のうちに自分に向けて発生させている謎の期待感にはもう応えようとしないように気をつけています。

参考:「期待に応えない」ことが自分の人生を取り戻す手段の1つであるという件について(人生ドロップアウトドア)

■3.受けた教育に対して1mmも疑問を持たなかった自分が原因

で、その前述の「ムリしてでも出社していた」という行動するに至った経緯というか源泉はどこにあったのか?と考えてみますと…。

やっぱり義務教育期間中にあった「休まない=偉い」みたいな刷り込みが原因だったなぁって思ったんですよね。

じゃあ原因は「国」なの?という結論に達しそうになりますが、それは少々早計です。

ぼくの独断と偏見ですが、「受けた教育に対して1mmも疑問を持たなかった自分が原因」なのでは?と考えてまして。

疑問を持ってみると「その教育はどのような目的で施されたのか=生産活動を休まない人間を作り出すため」という結論に早々と到達しますしね。

■4.学校や会社を休まない=偉いという考え方はもうヤメよう

名著「悩みどころと逃げどころ」でも以下のように触れています。

ちきりん 学校的価値観に毒されると、すべてにテストの点のような客観的な基準が存在してると思い込んでしまうんです。勉強だけじゃなくて、仕事選びとかパートナー選びに関しても、こういう基準で選べば成功しますよって誰かに教えてほしくなる。

ウメハラ そんな他人の基準を欲しがるなんて信じられない。僕は「与えられる基準」が嫌で、常に自分で基準を作ったり探したりしてた。だから不安だったのは、この物差しでホントに合ってるのかってことのほうでした。

ちきりん 物差しの是非について考える人は、学校エリートにはなれないです。与えられた物差しに疑問を持つヒマがあったら、その物差し上で一番大きな数字をたたき出そうと頑張るのが学校エリートだから。

ウメハラ でもそういう人だって、実は早くから「ホントにこの物差しでいいのか?」と、うすうす疑問を感じてたってことはないですか? 目をつぶって生きてきただけで。

ちきりん どうしてそう思うんですか?

ウメハラ ゲームの場合、勝ってる限りごまかしがきくんです。自分のプレーに納得してなくても、あんまり人気が出なくても、勝てば気にならない。ところが負けたとたんに、負けたこと以上に、そういう問題が重くのしかかるんです。 それと同じで、心の中では「なんか違う」と思っていても、とりあえずうまくいってる間は目をつぶって生きられる。でもレールが途切れた瞬間に、心の中にずっと前からあった問いと向き合わざるを得なくなる。それでいきなりつらくなるんじゃないですかね

自分の「物差し」について疑問を持たずに過ごしていると、ある日突然その基準が通用しなくなった時に一気に辛くなる…まさに退職直前の自分ですね。

だから読者さんにもし「休まない=偉い」という考えを持ち続けている人がいらっしゃったら、ちょっと1回でもいいので心の脇にそっと置いてみることをオススメいたします。

「ずっと休まずに働いた→心身ともに病んで未だに社会復帰が困難になっている人」という、ぼくより重症な方々を何人も見てきましたので…。

■5.ブラックな環境は「学校教育的な価値観に疑問を持たない人」が作る

最後にまとめると、やっぱりぼくの考えとしては「ブラックな教育に染まった人がブラックな環境を作り出す」ということになりますね。

企業がブラックな環境を作り出しているのではなくて、教育、そして人が原因なのです。

だから、もし「偉いと褒められたいから苦しいけど頑張っているのになんだか違和感がある」という人がいらっしゃったら、それは体からSOSが出ている可能性があります。

ので、そういう人は1度ちょっと休んでみてはいかがでしょうか?もしかしたら病気を未然に防ぎ、精神的な違和感も払拭できるかもしれませんよ。以上です。それではまた!

 

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